主な出演作に東宝ミュージカル『レ・ミゼラブル』『ミス・サイゴン』など
「tekkan PROJECT」を主宰、オリジナルミュージカルなどの制作、演出なども手がけるなど、クリエイターとしても活動中。
私が初めて音楽に興味を抱いたのは小学校6年生のときです。クラスの女の子に「エリーゼのために」を教えてもらったのがきっかけでした。覚えたての曲を家族の前で弾いたとき、「この子は天才だっ!」と家族が感動してくれたんです。男の子がピアノを弾いただけでみんながこんなに驚いてくれるんだ、と。それでピアノにとても興味を持つようになりました。それからというもの、学校から帰るとすぐピアノの前に座り、毎日弾くようになりました。
映画音楽が好きで耳コピで弾いていましたが、周りから「先生にちゃんと習わないと上達しないよ」と言われ、中学2年生から近所のピアノ教室に通うようになりました。ピアノは高校生になっても続けていて、次第に「音大に行きたい」と思うようになりました。そこで学校の音楽の先生に進路相談をしたんですが、先生は「音大は無理。音大を出ても就職はないよ、男の子は特に」と。先生だけでなく、みんなに言われました。でも、無理と言われると性格上「絶対入りたい!」と思うタイプなんです(笑)「じゃあ、ピアノは難しいけど、声楽ならいいかもしれない」と先生に勧められ声楽科を受験することにしました。
男の子の声楽のレッスンは声変わりが終わってから始めるんです。「男の子の声変わりは遅いし、他の子とスタートがあまり変わらないからと。ですから音大は声楽で受験して、無事合格しました。でも「人前で歌うなんてムリムリ!」って思ってましたから(笑) 入学する手段として『声楽』を選んでから、絶対に「ピアノに戻る!」なんて考えていました。結局1年生のころはピアノが楽しくてそっちばかりやってましたね。
音大の1年生の夏、声楽科の選抜オペラ公演で「魔笛」があったんですけど、合唱で男声が足りないということで、無理矢理出演させられたんです。「人前で歌うなんて恥ずかしい!」と思ってたので嫌々でした(笑) でもいざ舞台に立ってみると、終演後のカーテンコールの拍手に感動し、すっかり舞台に魅せられてしまったんです。そのときから本気で歌に向き合うようになりました。迷わず「オペラ歌手になるんだ!」と意気込んでいました。
4年生のとき、今度は門下発表会でミュージカル「レ・ミゼラブル」の曲をやることになり、男性がいないので出演してくれないかと呼ばれました。その時は「オペラのほうがランクが上でしょ」と思っていたのであまり乗り気ではなかったんですが、「レ・ミゼラブル」の音楽はすごくきれいで、クラシックとは全然違う。ミュージカルにこんな素晴らしい曲があるんだと衝撃を受けました。今度はミュージカルにすっかり魅せられてしまいました。それ以来、出演を夢見て東宝の「レ・ミゼラブル」オーディションがある度に、自分で要項を取り寄せ、オーディションに挑戦していました。当時は商業ミュージカルのオーディション情報なんて一般公開されていませんでしたから、要項を手に入れるのも大変なことでした。とにかく必死でしたね。『合格』の通知が来た時は、本当に嬉しかったです。アンサンブルでの出演でしたが、20代後半になってやっとその願いが叶いました。
もう全てが最高の日々で、完全に舞い上がってましたね。今、当時の自分を見たら怒りたいです(笑) 大きい舞台での経験値がなかったので、先輩方にはたくさん怒られましたね。「ちゃんと地に足のついた芝居をしなきゃダメだ」と言っていただいたり。自分にとっては時にプレッシャーでもありましたが、すごく嬉しかったです。ミュージカルの経験がなかった私にとって、舞台の現場は学びの場。出演するたびに新しい発見や試練がありました。演技も先輩方の稽古を見て、勉強しました。ほとんどの技術は実践で覚えていったって感じですね。だから「レ・ミゼラブル」はそれらを一気に学んだミュージカル。私にとって本当に大切な作品です。
その後、東宝ミュージカル「モーツァルト!」に出演しました。当時の主演、ヴォルフガング役は井上芳雄さんと中川晃教さん。私はアンサンブルの給仕役でした。主役ヴォルフガングのソロ「僕こそミュージック」が歌われている中、私は舞台袖で待機。この時、自分の中でなにかモヤモヤした想いがありました。
自分よりも若い子が帝劇の舞台の真ん中で堂々と演じているわけです。とてもショックでした。公演中、毎日そんな想いに駆られました。「アンサンブルで満足してちゃ駄目だ」と自分の中の意識が変わりましたね。もっと自分を高めたい、殻を破りたいと思ったんです。そのためには「プリンシパル(メインキャスト)にならないといけない」と強く思いました。
次の作品からアンサンブルでの出演は辞めようと決意。数年先も保証された出演オファーだったとしても、アンサンブルでの出演は断りました。
その間、2004年の「ミス・サイゴン」でオーディションを受けていました。そこでも「アンサンブルだったらやらないです」と宣言。もし、「ミス・サイゴン」に落ちたら、自分は何も仕事がなくなってしまう。だけど自分の中で決めたことを貫きました。オーディションでは、プリンシパル、クリス役で受けていましたが、突然、トゥイという役の歌を歌うことに。外国人スタッフがいる中、いきなり譜面を渡されて、初見でトゥイの歌を歌いました。そしてなんと、トゥイ役で合格!やっと「プリンシパルとして舞台に立てる!」と、嬉しかったですね。あの「モーツァルト!」の時に、決断して良かったなと思いました。
「自分の舞台を作る」これはもう昔からの夢ですね。「レ・ミゼラブル」のような、みんなに愛される作品を作りたいです。演出は今もやらせていただいていますが、最終的には脚本や作曲など、できれば全部やれたらいいですね。日本を代表するミュージカルが作れたらなと思います。
洗足学園音楽大学に来てすごいなと思ったのは、学生たちがオリジナルミュージカルをやっていたことです。しかも日本の伝統芸能である義太夫節や歌舞伎、邦楽器などで作られた邦楽ミュージカル。オリジナルを作るというのは本当に大変なこと。それを大学が、ましてや学生がやっているというのはすごいことです。
それに学生たちを見ていると、ポテンシャルが高い。みんな「学び取るんだ!」という意識で、授業やレッスンに臨んでいますね。何を学びたいかをしっかりと持っている学生の多いことに驚きました。
私はヴォーカルレッスンを通して、表現力や歌の技術基礎を学ばせたいと思っていますが、成長の度合いは人それぞれ。個々に合ったトレーニング方法を見つめてあげたいと思っています。歌の技術から発生する表現力をつかんでもらいたい。
それでも技術は必要なのでそれを意識しないでできるようになってほしいと思っています。
表現力を養うには人間力が必要不可欠。人間力はどういう人に触れているか、交わっているかによって形成されます。人の深さ、痛み、弱みが人間力をつくります。人との繋がりを大切にすることが表現者には必要なんです。
洗足学園音楽大学のミュージカルコースには他にはないものがたくさんあります。まずは見に来てほしい。学生がどういう演目を公演をしているのか、どういう活動をしているのか、目で見れば一目瞭然だと思います。まずは観て体感してほしいと思います。
(舞台写真提供/東宝演劇部)